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難病コラム一筋5000本の下垂体患者・活動家、先端巨大症とホルモン。



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2012年11月26日

痛みの闇は深い

ワタシは最初、痛みを我慢する生活は
大変だと考えていた。
今は違う。
痛みは我慢できないものなのだ。
身近に末期がんの方がいて、
お腹に水がたまり、痛みに苦しんでいた。
生きる意欲を最後に奪うのは、痛みである。
痛みを緩和するモルヒネが投与され、
意識は失われていった。
人間は痛みに耐えられないようにできているのだ。
人間の理性を上回る、悪魔のような支配者なのだろう。
だからこそ、痛みはただただ、人生と生活を損なう。
終わりなき出口なら、なおのこと。
耐えがたいものになる。
それが人間だと思う。

ワタシは、線維筋痛症の友人を亡くしている。
若い命だった。
働くこともできず、
貧困と痛みの中で自ら絶ってしまった。
友人の奥歯はボロボロだった。
強くかみしめる癖がついたからだという。
冗談が好きで、
当時始まっていた幅広い患者運動の
ムードメーカーでもあった。
いつも笑顔を絶やさない友人だったが、
後で聞くと、痛みを我慢し続けると、
口元が笑顔になるのだそうだ。
電車の送風や光さえ痛いとも話していた。

いよいよ死から逃れられなくなった癌患者から、
痛みを解放するのは人道である。
だが、前途有望な若者の
痛みと貧困から解放される手段が「死」しかないとしたら、
何と未熟な医療であり社会なのだろう。
効く薬があっても、
患者が経済的な理由で使えないとしたら、
何と未熟な「国民皆保険」なのだろう。
障害者手帳もなく、年金もなく、
働けない病人を死に追いやった
「福祉」の何と未熟なことか。
そして、この大変な病気を
推定患者数が多いという。
ただ、それだけの理由で、排除するとしたら、
何と未熟な「難病対策」なのだろう。
いや、救済できなかった未熟さは、
ワタシにも矢が突き刺さる。
時は戻らず、友人は帰らない。
だが、別の誰かを救えるならば、
今できることをするしかあるまい。
そう思って、25日の品川駅前。
線維筋痛症の患者らによる街頭宣伝をご一緒した。
開始するまでの立ち話で、
NPO法人線維筋痛症友の会代表の橋本裕子さんは
「難病対策ではなく、
希少疾患対策という名前にしたらどうか」という。
「数の多い病気は除外され、慢性疾患対策もされない」
彼女たちは行き場を失いかけているのだ。

我慢できない苦しみから人間を解放する。
人道的視点にたったとき、
なぜここにいる難病患者が
放置されようとしているのか。
困っている人をさらに困らせるのが、
「難病対策」であっていいはずがない。

患者数が多いから、と政府はいう。
だが、それはあくまで推定だろう。
実際に治療を受けているのは
3000人から4000人にすぎず、
つまりは、治療を受けていないか、
違う病名が付けられ、
放置されているということなのだ。
痛みの闇は深い。













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