HAMUの、先端巨大症って何とかならんか!

難病コラム一筋5000本の下垂体患者・活動家、先端巨大症とホルモン。



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2012年11月09日

難病は教育問題でもある

難病患者を巡る社会的な問題は、
予算抜きにはできませんし、
多くの国民の理解を抜きに解決はできません。
ワタシ、小難しいブログばかり書くもんですから、
もっともっと一般向けに言葉を変換しないといけないな。
そう、思いつつ、力不足ですんません。
茶の間や井戸端、
今の日本にどれくらいあるかしら。
フツーに会話に上るようにしたいなと思うのです。

若い人は別にして、
年をとると、誰だって
病気の一つや二つ、抱えて生きているでしょう。
病気は治るものばかりではない。
治らない病気を抱えて、生きていく辛さ。
本人や家族で体現している人は、
難病対策の署名なんか、すっとサインしてくれましてね。
病名なんぞも、興味深く聞いてくれます。
高齢の方ですと、病気の話は共通の話題になる。

健康な方はその点、会話が難しい。
会話に根気が必要です。
病気は治るものだと思っていますから、
調子が悪ければ、休めば、といってくる。
治ったら、また、働けばいい、なんていう。

「治る病気」より「不治の病」の方が数は多く、
健康にいくら気をつけようが、病気になる時はなる。
リスクを下げる努力はした方がいいけど、
病気と死は、避けようがなく、
それでもヒトは生きていくわけです。
そこは、若くて健康な人には怖いことだから、
見たくないことなのかもしれない。

長く患う難しい病気で
困っている人を助ける。
社会で支えていく仕組みが
みんながともに生きていく地盤になる。
社会とはそういうものなのだと。
そこをどうやって伝えていくか。

遺伝のこと、たくさんある病気、珍しい病気、
薬を開発する仕組みや薬代の決まり方、
みんなで支え合う国民皆保険と民間医療保険の違い。
高額療養費の仕組み。
学校教育では学ばないけど、
日常生活で必要になるのって、
こういった医療と病気の知識ではないかしら。

知識だけではない。
困っている人を助けようという心を育むこと。
弱者への目線です。
難病対策委(11月6日)では、
難病の普及啓発の問題は教育の問題でもあると
議論がされました。









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