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2012年11月04日

難病対策ことはじめ(一)

疫学という学問の名前を聞いたことはないでしょうか。
えきがく、と読みます。
占いの「易学」ではないですよ。
人間集団の健康状態の分布を集団的に観察して、
病気の防ぎ方を考えだす方法です。
1850年代のイギリス、スノウというお医者さんが
考えだしたといわれます。
当時のロンドンはコレラがはやっていまして、
スノウは患者の住む家を地図に落としていったのですね。
すると、特定の井戸の周りに患者が集中していることを見つけるのです。
その井戸を封鎖すると、コレラは減少します。
井戸といっても、水道会社がテムズ川から取水して、
消毒をせずに配水する仕組みでして、
コレラを出した会社の水源は市街地の下流にあったのですね。
コッホがコレラ菌を発見するのは、さらに30年後のことです。
コッホ菌という原因が分からなくても、
井戸を封鎖するという予防はやってのけたのです。

もうひとつの事例を出しましょう。
日本の旧陸軍と海軍は脚気(かっけ)に悩んでいました。
高木兼寛というお医者さんは、原因を食事にあると考え、
2隻の軍艦で違うメニューを組むのです。
今まで通りの食事と
肉や野菜を中心とした新メニューと。
すると、新メニューは脚気がほとんど出ず、
海軍は、食事を変えることで脚気を克服するのです。
これにたいし、陸軍の医師・森林太郎、
文豪の森鴎外その人ですが、
病気の原因を「菌」だと勘違いして、ずっと顕微鏡をのぞいていた。
脚気を克服できず、それが日露戦争での
大量死者を生んだとされています。
鴎外は小説家としては一流だったけど、
医師としては問題があったようです。
高木はビタミンB1不足という原因は発見できていません。
ですが、軍隊の脚気は克服したのです。

患者一人ひとりを診ることも大事なのですが、
共通する特徴を調べて、原因を突き止める。
患者を集団として観察することが、共通しています。

この手法を日本でも適応したのが、
原因不明の奇病とされた「スモン」です。
キノホルムという薬がスモンの原因であると。
薬の使用を止めると、病気は発生しなくなるのです。
その成功があまりに鮮やかだったもんで、
当時は公害が社会問題になっていましたから、
もっと多くの病気を疫学で調べようという機運が高まった。
それが今日の難病対策のルーツになっています。
(つづく)










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