種田山頭火が残した随筆に「赤い壷」がある。
こんな一節を見つけた。
死を意識して、
そして死に対して用意する時ほど、
冷静に自己を観照することはない。
死が落ちかかれば自己の絶滅であるが、
死の近づき来ることによって
自己の真実を掴むことが出来る。
乞食行脚をして全国をまわった山頭火は、
大正時代の放浪の俳人である。
多分に、ニヒリズムの影響を受けたものが多いが、
極限の生活から、
自己の死と俳句を見つめ続けた。
そんな山頭火の
死と生の視点である。
初めて病を知ったとき、
ワタシはうろたえたけれども、
どこか冷静に自己の死を見つめている視点もあって、
その正体はこれなのだと思った。